CULUMN 役に立たない機材話など 文字サイズの変更ボタン
「ライカなんて・・・」ずっと思ってきた。貧乏カメラマンのやっかみもあった。だいたいレンジファインダーに興味がなかった。一眼レフのそれもファインダー視野率100%。それに勝る物はないと思い続けてきたのだ。
初めてのライカはM6。07年の初冬に手に入れた。札幌の写真好きのおじさんが「たつおちゃん、M6手放すんだけど、使わない?」と誘われたのがきっかけだった。
実はその2月前にレンジファインダーのデジカメEPSON R-D1を手に入れていた。なのでMマウントのレンズはいくつか持っていた。別項で記すけど、R-D1はホントにいい絵を吐き出すデジカメだ。それがレンズの味なのか、フィルムで確かめてみたいと思い出した矢先の誘いだった。
相場より安く手に入れたM6。とうとうライカユーザーになった。
すっかりM6の、ライカの虜になった。シャッターのフィーリング、巻き上げの感じ、手にしたときの重みもしっくり来た。
写真も力を抜いて撮ることができる。もちろん仕事はデジタルオンリーだから、撮るのはもっぱらオフタイム。家族を撮ったり、散歩中に撮ったり、ちょっと近所の町角をスナップしたり。
白黒フィルム入れて、現像して暗室でプリントして。といったことが妙に楽しい時間となった。
それから間もなくしてM3に触れる機会があった。田舎ではそうめったに出会えるものではない。この時初めてM3を触ってみたのだ。
これが本物ライカか・・・。
シャッターのフィーリング、巻き上げの感じ、ファインダーの見え方。M6以上のすばらしさだ。もう50年も前のカメラだというのに。感動してしまった。現代では絶対に作れないカメラだ!
そう思うと、居ても立っても居られなくなりヤフオクをチェックするようになっていた。そして外観に小さなえくぼのあるM3を安値で落札した。
津軽海峡を越えてやってきたM3は、ダブルストローク、ドッグイヤーの割と初期のものだ。2回巻き上げの操作が楽しくて仕方がない。シャッターの音も「コトッ」という決して甲高くなく、耳に優しい。張り革の手触りが掌に心地よくずっと握っていたくなるほどだ。ボディー上部のLeicaの刻印をはじめ、巻き上げレバー、シャッターダイヤル、ファインダーの飾り窓など全てが美しい。どうしてかくも美しいのか、眺めているだけで幸せに浸れるカメラである。
言うまでもなく現代の高性能デジカメ一眼とは対極にあるカメラだ。ONタイム用のEOS 1D MarkIIIが素早いAFと秒10コマの速写能力を備えてるのに対し、このM3に至ってはピント合わせてシャッター押して、2回巻き上げるのだから。おまけに36枚撮り終えるとぐるぐるぐるぐると巻き上げダイアルを回して、底蓋外して、フィルム装填して、裏蓋開けて上手くフィルムを巻き込んでいるか確認して・・・なんてやってるから、次の写真を撮るまでに3分ほど掛かってしまうのではないか。
仕事中にそんな悠長なことをやってる場合ではない。
しかし、しかし、だからと言ってM3では被写体のいい瞬間を逃してばかりかと言うと決してそうではない。むしろ歩留まりという表現で言うならばEOSよりもLeica M3に軍配が上がるのが、カメラの、写真の面白いところなのだ。
M3のファインダーは50ミリをスタンダードに考えられている。50ミリ以下には対応していない。だから、ボクは50ミリしかつけない。カラスコ50mmをつけることもあるが、基本的にはズマールをつけっぱなしにしている。60年前のレンズと50年前のカメラ。標準レンズ一本。これで何とかしようと思えば何とかなるもんだ。
簡単便利、しかしバカでかいズームレンズなんてくそ喰らえ。
シンプルな機材、画角で、変な頭を使わずに、その分被写体と光とタイミングに集中すればいいんだよ。そんなことを教えてくれるカメラだ。
ライカ沼とか言うけれど、M6買ってM3を手にしたら、十二分に満足してあとは何も欲しくなくなった。レンズだってあれこれ手を出すと持ち味が分からなくなってしまう。
シンプルイズベスト。M3はそれが何よりだと気付かせてくれたカメラである。
2008-07-31