小沢駅(共和町)
こざわえき
武田旅館
稲穂峠と倶知安峠、急勾配が連続する二つの峠に挟まれた小沢(こざわ)駅。函館本線は通称山線と呼ばれ、SL時代には峠越えの難所だった路線だ。小沢駅は急行列車が停まり、上下列車の交換や、岩内へ向かう岩内線(昭和六十年廃止)の分岐駅として重要な位置づけにあった。
駅前にある「たけだ旅館」のご主人の武田余志夫さんは、かつて小沢駅で主に荷物係として働いていた。昭和十七年に小沢駅に配属となって以来、ずっとこの峠に挟まれた駅前で人の流れを見て来た。
国道が舗装される前の昭和三十年代が駅としての最盛期だった。乗降客、それから岩内への乗り換え客は、人と小荷物を乗り越えてホームを渡った。当時は宅配便もなく、「チッキ」と呼ばれる鉄道による手荷物配送が全盛だったからだ。人も荷物も溢れんばかりの小沢駅には、汽車待ちの客を相手にする香具師(やし)も出て、賭け事をさせた。それを取り締まる警察官とのいたちごっこが日常の光景だったという。駅前には旅館が二軒、パチンコ店も二軒、駅員が三十数名もいた時代だ。
函館と札幌を結ぶ大動脈にあって、その花形はSL C62だ。中でも急行ニセコを牽引するC62 2号機には、ツバメのマークが側面に付けられていた。いつも見慣れていた武田さんでも「シロクニは凄い迫力だった。デゴイチとは違うかったなぁ」と当時を振り返る。発車してすぐに迫る上り勾配に向けて、轟音と共に大きな車輪を動かす姿は、圧倒的な迫力だった。今では無人駅となり、たくさんの引き込み線も消え失せたが、昭和二十七年製の跨線橋は煤けていて往時を偲ばせる。

小沢駅は函館本線。海沿いの室蘭本線が開通するまでは、函館と札幌を結ぶ大動脈だった。小沢駅は稲穂峠、倶知安峠の2つの峠越えの小休止の場所にあたる。息を切らして峠を越えてきた上下線がこの駅で交換していた。SLニセコの有名な撮影ポイントでもあった。



